• 今あるはただ神の恵み

カトリック萩教会は、東萩駅から阿武川を渡って徒歩およそ10分。
萩東中学校の向かいにある広大な敷地に、堂々とした佇まい。
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この敷地は、昔、イエズス会のドイツ人の神父様が、元々は学校を建てようとして手に入れたものなのだとか。
実際に、第2次世界大戦敗戦後は、人々が手に職をつけるために、技術学校を開いていたこともあったのだそうです。
そして、現在の聖堂は、スペイン人の神父様により、修道院をモデルにして作られました。

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そんな萩教会では、恩地誠神父様にお話しを伺いました。
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神父様は、「ここで話すのが慣れているから」と、私一人のためにまる2時間立ちっぱなしでお話しくださって・・・
大変恐縮でした^^;;

◆キリシタンの歴史
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(↑自らキリシタンであった熊谷元直は立場を顧みずキリシタンを匿い、その最期は、当時の習慣であった切腹ではなく、自らロザリオと縄を用意し、キリストと同様市中を引き回されることを選んだ)
萩とキリシタンは、実は大変密接な関わりがあります。
神父様にせっかくお話しを伺ったので、翌朝は早起きをして、キリシタンたちの歩みに思いを馳せながら2時間ほど、史跡めぐりをしました。全ては載せられなかったのですが、その時のことは、こちらの記事をご覧ください。http://cruz.febcjp.com/tag/山口

人の命は地上だけではないということを本当に深く知らされた時になりました。

キリシタン史をたっぷりと教えていただきました。

◆人生を変えた「十字架」
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なんと神父様は、元研究者。
DoCoMoの名付け親のひとりでもあるのだそうです。
今日では当たり前になったケータイ電話やその前身になった自動車電話を実現させようと、仕事に打ち込んでいました。
関心事はいつも、いかに出世して、経済的に安定するかということだったそうです。

そんなある日、広島の原爆資料館へ。
そこに展示されていたのは、ホルマリン漬けの人間の皮膚でした。
その時、自分に呼びかける声を聞きます。
男か女か、子供か老人か、それすら誰にもわからない、全く沈黙しているはずのその「皮膚」は、ビーカーの中から切々と語りかけてきました。

それは、敵を憎む声ではなく、「平和が大切だよ」と語りかける声。
この地上に確かに生きていた人の全く無力にされた、しかし確かな声。

この時、イエス・キリストの十字架が、神父様にとって、大変リアルなものになりました。

そうして、神父様は、当時は婚約者もおられたのですが、結婚することも辞め、仕事も退職し、カトリック司祭になる道を進むことになったのでした。

神父様の証やキリシタンのお話し、詳しくは、
ご著書『出会いは宝 サラリーマンから神父になって―ケータイ研究から神学研究へ―』に記されています。
私もオススメです。ぜひ、お読みください!こちらからご購入いただけます。http://u0u0.net/ygFb (amazon)

***教会のご案内***
カトリック萩教会
司祭:ユスト 恩地誠神父
〒758-0025 山口県萩市大字土原3区564
電話:0838-22-0732
ホームページ:http://hagicat.net/