• 今あるはただ神の恵み

JR荒木駅から10分ほどの久留米荒木キリスト教会。

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落ち着いた素敵な雰囲気のこの建物、実は元は産婦人科の病院でした。命を生み出す場所だった建物を、魂を生き帰らせる場所にしたいと、廃屋を生かす形で受け継いだのだそうです。

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礼拝堂の奥には納骨室が。

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日曜日はこの扉を開けて、天に召された方々と共に主を待ち望む思いで礼拝を捧げます。
一番奥に一際小さな骨壷が。

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実はこちらの牧師である溝上哲朗先生のご子息。先生曰く「この子のお陰で今のクリスチャンとしての生活があります」と。

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かつて小学校の教員をしていた溝上先生。奥様が妊娠中、お腹の子どもに重篤な障がいがあることがわかり…。
昨日まで生まれてくるのを心待ちにしていたのに、急に我が子の誕生を喜べなくなる愛のない自分は、教員としても人間としても失格だと思うようになり、その頃からうつ病に…。

そのような中で、幼い頃に通っていた教会の幼稚園のことを思い出し、足を運びます。その時に牧師が読んでくださったのが詩編139編。胎児に神様の眼差しが注がれているという御言葉に触れ、この胎の命は神様のもので、神様が愛し喜んでおられると。それだけではなく、神様の愛の眼差しは、愛のない自分自身にも注がれていると。

生後28日で天に召されていったご子息のご葬儀は、教会の幼稚園の園舎で行われ、そこでは「一粒の麦は、地に落ちて落ちて死ななければ、一粒のままである。だが、死ねば、多くの実を結ぶ。」という御言葉が読まれます。

その後、うつ病で退職した先生に、「教会の脇のプレハブで、子どもたちのために何かしては?」との声がかかり、スタートしたのが、学校に行っている子も行っていない子も誰でも来られるフリースクール「Trip」。
うつで具合が悪い日はゴロンと横になったままの先生を、教会の方々も子どもたちもそのまま受け入れてくれたそうです。

Tripを始めて8年ほど経った時、それまで支え導いてくださった吉田牧師の引退が決まり、溝上先生に「次の牧師となるため神学校へ」との声がかかります。うつを抱えた自分にはとても引き受けられないと断ろうと思っていた日、ふと、ご子息の葬儀で読まれたあの御言葉が浮かび、なんとなく聖書を開いて読んでいたそうです。すると、「一粒の麦は…」という御言葉の後に「わたしに従え」「わたしに仕える者を父は大切にしてくださる」と言われていることに気づき、ハッとした先生。「自分は一粒の麦は…という言葉で完結したつもりでいたけれど、神様はずっと呼んでくださっていたのではないだろうか…」と。そして、「父は大切にしてくださる」という御言葉がとても優しい呼びかけに聞こえ、「お引き受けします」と。

「倒れちゃダメだと思ったらダメになっていたと思います。倒れてもいいんだと思えたことが不思議と支えになりました。本当に倒れる中で新しいものが始まっていったから。今でもしょっちゅう、ああもうダメだの繰り返しですけど、倒れても神様は、よくやったと言ってくださると思うんですよね。倒れても祝福というか(笑)。」
そうお話しくださった先生。私もなんだか肩の力がフッと抜けて、不思議な慰めをいただきました。

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取材:2016年4月8
※最新の情報に関しては、教会に直接お問い合わせください。

日本バプテスト連盟久留米荒木キリスト教会
住所:福岡県久留米市荒木町荒木1450
交通案内:JR荒木駅より徒歩10分
電話:0942−27−0116
牧師:溝上哲朗
礼拝:毎週日曜日10時半〜